1. 「デザイン」と「設計」 日本では「デザイン」は「意匠」を表すと考えられやすいです。「デザイン」と「設計」は違うという意見もあります。どう考えればいいのでしょうか。

    日本機械学会の設計工学・システム部門design理論・方法論研究会のWebに、以下のような記載がありました。

    本研究会で対象とする「設計」と「デザイン」には共通する部分も多いが,企業における「設計者」と「デザイナー」は異なる職種であり,その採用プロセスや大学などにおける教育プロセスも異なることが示すように,「設計」と「デザイン」には異なる部分も少なくない.

    「設計」は「デザイン」の日本語訳のはずなのですが、やはり、日本では両者の使われ方が違うようです。ところで、中国でも「デザイン」は「設計」と訳されます。面白いことに、中国語の「設計」の意味するところは「意匠」に近いのです。ハンドバッグなどか並ぶデザインギャラリーは「設計廊」と呼ばれたりします。

    では、私たちの活動は何と呼べばよいのでしょう。学術の世界では、用語はその都度、定義して使えばよいのですが、社会と接する活動では、長い説明を要する用語の使い方や、括弧付きの表現は避けなければなりません。幸いなことに、日本機械学会の研究会は、で松岡由幸氏の著書を引用し以下のように述べています。

    「設計」と「デザイン」の実務、方法、方法論、理論は、共通する部分と異なる部分があること、「設計」と「デザイン」の相違は具体的な実務になるほど大きく、抽象的な理論になるほど小さい。

    なるほど、学術を論じるのであれば「デザイン学」という用語を用いれば、大きな誤解は生じないのですね。折しも2013年度より、科学研究費の分科に「デザイン学」が新設されます。努力された方々に感謝しつつ、これを機に「デザイン学」という用語を定着させていきましょう。

    松岡由幸, 宮田悟志: デザインサイエンス-未来創造の六つの視点, (2008), 共立出版.... more
  2. 「デザイン」の定義 デザイン(design)の定義は、研究者の間で様々に議論されていますが、様々な研究領域が融合するデザインを考えるには、RalphとWandの定義がよいように思います。この定義はWikipediaにも出ています。

    To create a specification of an object, manifested by an agent, intended to accomplish goals, in a particular environment, using a set of primitive components, satisfying a set of requirements, subject to constraints.

    与えられた環境(environment)で目的(goal)を達成するために、様々な制約 (constraint)下で、利用可能な要素(component)を組み合わせて、要求(requirement)を満足する対象物の仕様(specification)を生み出すこと

    この定義は十分抽象的で、専門が異なると、それぞれに解釈することができます。例えば、情報学の研究者にとっては、制約最適化問題の定義のようで親しみやすいものです。 もし、goal、constraint、requirementなどが定式化できるのであれば、情報学のアルゴリズムと超並列の計算資源を用いれば、複雑なデザイン問題を解くことができるように思われます。

    ところが、このデザインスクールの関心は「社会のシステムやアーキテクチャのデザイン」です。組織、コミュニティなど、人が作り出す社会が対象となると、単純に制約最適化問題と捉えることができなくなります。例えば、コミュニティが持つ制約条件を知るためには、ステイクホルダーが一堂に会するワークショップが必要かもしれません。また、環境がグローバル化し、相互に関連し複雑になると、部分問題を切り出して独立に解くことができなくなります。問題を予め定式化できるという前提が崩れると、情報学にはそうした対象を扱うための、理論や手法の蓄積が乏しいことに気づかされます。

    P. Ralph and Y. Wand: A Proposal for a Formal Definition of the Design Concept, In K. Lyytinen, P. Loucopoulos, J. Mylopoulos and B. Robinson Eds.: Design Requirements Engineering: A Ten-Year Perspective, 14, (2009), 103–136. Springer.... more
  3. デザイン学の起点 デザイン学の起点は、情報学の視点に限れば、1970年頃ではないかと思われます。経済学、意思決定論、人工知能に大きな業績を残したHerbert A. Simon氏は、その著書で以下のように述べています。

    人類固有の研究課題は,人間そのものであるといわれてきた.しかし私は,人間というもの,少なくとも人間の知的側面が比較的単純であること,および人間の行動の複雑さの大部分は,環境からあるいは優れたデザインを探索する努力から生じてくることを述べてきた.もしも私の主張が正しいとするならば,技術教育に関する専門的な一分野としてのみならず,全ての教養人の中心的な学問の一つとして,人間の固有の研究領域はデザインの科学にほかならない.(Herbert A. Simon, The Sciences of the Artificial. 1969)

    人の意思決定、問題解決過程を考え抜いた研究者だから言えることなのでしょう。人の複雑な振る舞いを理解しようと思えば、人が行う探索的なデザイン活動を理解しなければならないと述べています。同じころ、京都大学の梅棹忠夫氏は以下のように述べています。

    物質,材料そのものを開発する手段は非常に発展した.エネルギーも十分満ち足りるほどでてきた.ただ,一番の問題は,それをどう組みあわせるかというデザインの問題だ.そうすると,情報産業時代ということは,いわばそれは設計の時代であり,あるいはデザイン産業の時代だ.情報産業時代における設計人あるいはデザイナーという存在は,産業の肝心のところを全部にぎっているものである,そういうことになるのではないでしょうか.(梅棹忠夫著作集 情報産業社会におけるデザイナー,1970)

    この講演から40年の間に、地球規模の制約や,技術・文化・経済・政治の連関が強まり、 最適な要素の組み合わせを求めるのは、容易なことではなくなりました。社会のシステムやアーキテクチャのデザインは、複雑に関係し合う重層的な問題となってきています。いずれにせよ、分野が異なる二人の優れた研究者が、同じ時期に、デザイン学とデザイン産業を、情報学と情報産業の発展形として議論していることには驚かされます。

    H. A. Simon: Sciences of the Artificial Third Edition, (1996), The MIT Press.
    (稲葉元吉, 吉原英樹訳:システムの科学, (1999), パーソナルメディア.)

    梅棹忠夫: 情報産業社会におけるデザイナー, 梅棹忠夫著作集第14巻 「情報と文明」, (1970), 中央公論社.... more