第13回目を迎えるビジネスデザインシリーズですが、歴史ある三菱・化学系3社の合併により本年4月、新たに発足した日本最大の化学会社;三菱ケミカル、並びにホールディングカンパニー:三菱ケミカルホールディングスをトップリーダーとして牽引される講師;越智社長にご登壇頂くこととなりました。
欧米を中心に巨大メーカーがひしめく世界のケミカル産業に向かって新たな挑戦を進める今回の統合は、日本産業界にとってもたいへん興味深く、その成功を多くが期待しています。つきましては、今回の統合の意義、グローバル戦略、KAITEKI経営の真髄等々、下記内容を軸に大いに語っていただきます。
社会に旅立つ学生の皆さん、これからのビジネスを担い・グローバル展開していこうとする企業人、これらの人たちを生み出す大学関係者、いずれにとりましても、たいへん意義深いテーマであると思料致します。奮ってご参加ください。
日時:2017年10月19日(木)17:30~(19:00頃から懇話会・有料)
場所:京都大学 デザインイノベーション拠点
KRPのアクセス
講演者:越智 仁氏(株式会社三菱ケミカルホールディングス・代表執行役社長)
講演概要:
気候変動、資源やエネルギーの枯渇、水・食糧の偏在など地球規模の課題が山積する中、企業にはこれら諸課題の解決に加え、健康・医療への貢献や、地球と共存しつつ利便性や先進性を探求することが求められています。このような中、当社は化学系の3社を統合し三菱ケミカルを発足させ、市場ニーズに即応する新たな体制のもと、多様な価値観を満たすソリューションの提供を通して、持続可能な発展の実現をめざしています。今回の講演では、三菱ケミカル発足の狙いに加え、当社が進めるイノベーションの加速化、IoTの利活用の推進、更なるグローバル化の追求といった様々な施策を説明しながら、「KAITEKI」の実現に向けた当社の取り組みを紹介させていただきます。
対象:京都大学教員・学生、デザインイノベーションコンソーシアム会員、一部招待者
定員:40名程度
参加費:無料(懇話会 1,000円)
申込: 10月11日(水)締切。下記よりお申込みください。
https://pro.form-mailer.jp/fms/5d4f0ec5127879
主催: 京都大学デザイン学大学院連携プログラム
デザインイノベーションコンソーシアム
問い合わせ:デザインイノベーションコンソーシアム 事務局
京都リサーチパーク(株)山口
info[at]designinnovation.jp([at]を@に変えてください)
075-315-8522
報告:
冒頭、当該フォーラム、並びに今回のテーマ設定に関し、貫井先生の主旨説明がなされた。そして、越智社長の講演へと移り、更に参加者を交えての活発な討議、意見交換が行われた。(参加者;61名)
[講演内容主意]
(1)三菱ケミカルホールディングス(MCHC)の概要
まず三菱ケミカルホールディングス(MCHC)の概要についてですが、事業会社のひとつである三菱ケミカル(株)は、2017年4月に化学系3社(三菱化学、三菱樹脂、三菱レイヨン)が合併してできた会社です。合併の背景には、旧3社の経営資源が分散し、既存の体制のままでは十分なシナジーが得られないと考えたことがあります。事業会社のひとつである(株)生命科学インスティテュートでは、ヘルスケア事業の強化、特に新事業の構築に力を注いでいます。そのほかに、田辺三菱製薬(株)と大陽日酸(株)があります。それぞれ独特の強みを持っており、技術力や発想力もまったく異なります。そういう意味では同じMCHCグループの中で、相互に経営資源を有効活用することで、ユニークな技術、事業が構築できると言えます。そういったシナジー効果を、知恵を絞りながら推し進めていくために、2005年にMCHCという持株会社をつくり、事業会社の統合を経ながら今に至っています。
三菱化学の前身の一つ、三菱化成工業(株)に私が入社した1977年当時、売上は5,000億円程度しかありませんでしたが、三菱油化(株)と統合し、三菱化学(株)となった1994年以降、M&Aを次々と進めていきました。M&Aで企業規模を拡大させる一方で、事業の再構築も進めてきました。これら事業の新陳代謝により収益性を高め、現在はMCHCとして(コア)営業利益が約3,100億円になっています。リーマンショックなどで一時的に営業利益は落ち込みましたが、そういった特殊要因を除けば、利益は2005年のMCHC発足以来、上昇を続けています。従来大きなウェイトを占めていた石油化学事業ではなく、機能商品群の伸びが大きく、そういう意味では事業モデルも常に変わり続けています。
3社統合の前は、ビジネスユニットが56に分散していました。これを三菱ケミカルでは大きく10の部門に再編しました。たとえばディスプレイ関連の事業を、グループ会社を含め集約、統合したことによって、研究開発や市場・顧客情報のネットワークが強化され、事業の成長とイノベーションを加速化させようと取り組みを続けています。
(2)化学企業を取り巻く環境
世界の化学メーカーの売上高ランキングを見てみると、ドイツのBASFは圧倒的な力を持っています。数値は2014年度のものですが、MCHCと米国:デュポン社の売上はほとんど変わりません。しかしながら、利益はデュポン社が当社の約2倍、売上高に占める研究開発費の比率も2倍と大きく異なっています。収益性の違いがこの差を生んでいます。これは、海外展開の度合いにも大きく影響を受けています。たとえばMCHCグループの拠点進出国が32カ国であるのに対して、デュポン社は90カ国以上。海外での展開量が圧倒的に違うということは、情報量も全く違ってくるわけです。
日本の企業というのは非常に問題が多くて、日本人的にものごとを考えて世界を見る悪癖があります。たとえば、何事も逐一本社の事業部門にお伺いを立てながら進めてしまうため、スピード感がありません。中国の会社なら1時間で済む話が日本の会社では1週間かかるという具合ですから、その間にお客さんが逃げてしまいます。こういった体質は本当に考え直さないといけません。
日本の化学産業を見てみると、私たちのほかに住友化学(株)や三井化学(株)、旭化成(株)、昭和電工(株)といった総合化学メーカーや、そのほか石油精製や産業ガスなど多くのメーカーがあり、それぞれ独自の力を持っています。様々な分野において日本企業独自の強さがありますが、現在は海外企業との差が縮まってきています。特に加工・組立型の産業に近い部分は韓国や台湾に、そして近年は中国に後塵を拝しています。私たちに残っているのはベースの材料です。しかしこれも凄まじい勢いで海外勢に追随を受けています。なんとか各企業は独立を保ちつつ、個別の技術で命脈を保っているというのが実態です。産学連携やオープンイノベーションという言葉は人口に膾炙していますが、実際に連携するのは基礎的な部分だけで、個別具体論になるとまったく連携できていない状況が見受けられます。米国などはもっと政策的に産学連携を進めているのではないでしょうか。日本は企業間ですら共通事項を作れていないというところに、将来の危うさがあるわけです。
化学産業の構造を見てみますと、もちろん石油化学というのは私たちの基礎素材を供給している元締めですが、現状の体制のままでは長くは持たないと思っています。ダウンストリームに進むほど製品の付加価値が高まるわけですから、そこを強くしないといけません。同時に加工技術を磨き上げなければ、将来にわたって事業を存続させることは困難です。
その典型例として、欧米の主要化学メーカーと日本の主要化学メーカーの事業ポートフォリオ変革の歴史を比較してみますと、欧米では汎用品の分野で撤退や縮小が進み、機能商品分野ではM&Aによって事業を拡大・強化する傾向にあります。一方、日本では若干のM&Aはあるものの、撤退や縮小が進まず、不採算事業をそのまま抱え込む傾向にあります。
今年になって米国:ダウ社とデュポン社の大型統合が行われましたが、彼らはスペシャリティケミカル業界のナンバーワンとナンバーツーです。私たちは、スペシャリティケミカル業界のニッチプレイヤーを超えていません。私も新聞のインタビューなどでは「ニッチの集合体でいい」と言っていますが、実際のところそれだけでは難しいと思っています。規模感も、市場占有率も高く維持していかないといけないわけですから、並大抵の努力では成し得ません。強さをどうやって保つかということは非常に重要で、M&Aをはじめ、様々な部分で連携を進めていかないと、これからの競争には耐えられないだろうと思っています。
今後はシェール革命や中国の石炭化学をはじめ、外部からの影響を受けざるをえません。特に中国の技術力が高まっているのは事実であり、凄まじい勢いで特許出願数が増え、新しい加工技術も生み出しています。かつての繊維産業がそうであったように、日本の樹脂加工産業もすでに追い抜かれつつあります。この環境変化の中をどう生き抜くか、あらゆる角度で検討し打開策を見つけ出さなければいけません。
(3)社会、環境、科学技術の変化
今後、私たちが直面する様々な社会課題の一つとして、「少子高齢化による労働力不足」が懸念されると言われていますが、労働力が不足することは起こりえません。なぜならば、今後AIやロボティクスを利活用することで、これまで人が行ってきた様々な作業がこれらに代替され、労働力を補うことができるからです。むしろ、足りないのは「創造力」です。現在の40代、50代というのは経済が右肩上がりの時代に育ってきた年代です。この世代は会社が目指す方向にベクトルを合わせ、一直線に進んでいくために、チームワークが大事だとされてきたわけですが、いまは社会の変化のスピードが速く、様々な方向に強みを持つマルチタレントでないと勝てなくなっています。問題なのは、いまの40代、50代にクリエイティビティが足りていないという点です。
私たちの世代は、どちらかと言えば演繹的なものの考え方で製造プロセスを構築してきました。しかしいまはデジタルデータ、ビッグデータを活用し、帰納法的に解を見出す世界が広がりつつあります。考え方がまったく違います。ものの見方を変えていかないといけません。今後、ビッグデータやIoT、AIのさらなる進化と普及により、ここ5年から10年の間に、私達を取り巻く経済、社会は抜本的に変化します。いますぐに手を打たなければ、この変化の波に乗り遅れてしまいます。大学も企業もまったく一緒で、私たちも今、そのための人材を一所懸命に集めています。
そして業界や業種を超えた新事業創造の動きが活発です。従来の「業種」の垣根を超えて、いかに他業種と手を握れるか。たとえばアマゾン社とフォード社が提携したように、強いパートナーシップをいかに早く作れるかが問われています。また、バーチャルとリアルを組み合わせないと絶対にうまくいきません。このあたりを、最先端の企業群がどのように取り組んでいくのかという点は非常に興味深いところです。グーグル社をはじめ、様々な企業がトライアルを続けており、サービス主導の新たな事業モデルが生まれ、ビジネスモデルが変わりつつあります。
企業の持続可能な成長というのも重要な観点です。2015年の国連サミット以降、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)が大きくクローズアップされるようになりましたが、企業はこういった長期的視点を意識しながらビジネスを進めていかなければ、長期的に成長を成し遂げることは叶いません。私たちも社会に目を向けた活動や社会、地球環境への貢献を重要視しており、ビジネスを通して人、社会、地球のサステナビリティに貢献し続けることが企業の力の源泉になると考えています。
企業の価値は財務価値と非財務価値に大別されます。かつては財務価値が大きなウェイトを占めていましたが、昨今の研究によれば、企業価値のうち財務価値が占める割合は25%くらいで、残り75%は非財務価値が占めると言われています。世界中の投資家や消費者が、社会や環境に貢献できているか、ガバナンスは適正かどうかといった観点で企業を評価しています。企業には、責任ある行動に基づいた持続的成長が不可欠なのです。
(4)当社の取り組み
私たちは、マテリアリティ・アセスメント(重要課題の特定)を経営戦略方針として活用しています。ステークホルダーの考える重要度と、MCHCグループの考える重要度をマッチングさせることによって、長期的な視野での研究開発、技術開発の方向を見極めるとともに、私たちが行っていること一つひとつが、社会のニーズにどうマッチングしているかも説明できるわけです。社会に貢献しているということを従業員が納得しないまま、単に製造、研究を続けてもなかなかうまくいきません。従業員のモチベーションを上げるためにも、事業活動が社会貢献につながっていることを明示し、好循環を作らなければなりません。
MCHCグループでは、事業活動を進める上での3つの基軸(サステナビリティ、ヘルス、コンフォート)を決めており、またターゲット市場として、モビリティ(自動車・航空機)、パッケージング・ラベル・フィルム、IT・エレクトロニクス・ディスプレイ、環境・エネルギー、メディカル・フード・バイオという5つの市場を定めています。
実をいうと、かつての経営戦略はせいぜい3年から5年先を見て策定していました。ところが、リーマンショック後の厳しい事業環境において、持続可能な成長をどう成し遂げるかを改めて検討した際に、もっと長期的視野に立った研究開発に注力すべきだと考えました。そして2009年に立ち上げたのが、(株)地球快適化インスティテュート(TKI)です。これは実際には研究所を持っていないバーチャルな組織です。20年から50年先の社会を見据えて考えるシンクタンクのようなもので、活動領域をSocietas(社会・経済の変化)とVita(健康)の2つに大きく絞っています。ところが現在では、あまりにも科学技術の進歩と市場の変化のスピードが速いため、短期でも長期でもなく、5年から15年先を見るチームを作らなければならないと考えました。そこで、今年の4月にMCHCに先端技術・事業開発室を新設しました。
先端技術・事業開発室のミッションは、既存の領域より先の領域である「先端技術」からどう攻めるか、また将来市場の事業モデルから逆算し、どう攻めるかというこの2つをマッチングさせながら、既存事業にフィードバックしていくことです。そしてもうひとつのミッションはデジタル・トランスフォーメーションを進めていくこと。従業員のマインドや技術レベル、思考パターンを含め大きく変革していく必要があります。そのためにチーフ・デジタル・オフィサーを外部から招いています。
現在の日本ではベンチャーの力を使い切れていません。世界のベンチャー企業の資金調達元を調べますと、アメリカの約70%、イスラエルの5.6%に対して、日本は1%未満です。何もかも自前主義で取り組もうとすると大きな問題になるので、技術を持つベンチャーと良い関係を構築することも重要です。先ほど申しましたように、日本人的なものの考え方だけではうまくいかないことも多々あるので、外国人材も取り入れていく必要があると思います。
また、これからは今までのように材料を提供するだけでなく、ソリューションを含めた提案をしていく必要があります。新規材料を開発すれば黙っていてもどこかで売れて、誰かが有効な使い方を考える、という時代ではなくなっているのです。当社は自動車関連事業だけでも非常に多岐にわたる材料を供給していますが、複雑な形状の加工までを含めた提案をしていかないと、自動車メーカーはもはや採用してくれません。
事業を進めていくなかで、大切なのはやはり「人」です。ある統計によると、情熱を持って仕事をしている人の割合が、アメリカでは全体の32%であるのに対して、日本ではわずか6%しかいないそうです。6%しか情熱的にクリエイティブな仕事をしてくれないというのは、大きな問題です。
また、従業員の健康と労働生産性の関係についても社内で調査を行いましたが、継続的な運動習慣のある人は全体の20%程度しかいません。さらに、毎日のように飲酒をする人は年齢が上がるとともに増えています。年齢を重ねるほどに運動をしなくなり、飲酒量が増えていくというのは考えものです。さらに、従業員の年齢構成を見ると、40代、50代の割合が高くなっています。若い人が少ないため、ベテランに押さえつけられ、若い世代の活性度が下がってしまうと、企業として大変厳しい状況になりかねません。若い世代はどんどん知識を吸収し、新しいものを創りだす力があるにもかかわらず、上の世代が旧態依然の方法を押し付けるのでは、クリエイティブな仕事は成し得ません。
先ほど述べた先端技術・事業開発室にはチーフ・イノベーションオフィサーやチーフ・デジタル・オフィサー、チーフ・マーケティング・オフィサーを配していますが、すべて外部から雇い入れた人材です。経営トップが直に一人ひとりと面談を行い、変化を加速させるという主意に沿うかどうかを見て、採用を決めました。彼らは幅広いネットワークを持っており、自分の仕事を成し遂げるために必要な人材を次々と集めてきます。社内でゼロから育てれば何十年かかるかわからないような人材を、即座に連れてくるのです。そういう面では、そういった人材がより働きやすいように、給料体系も含めて考えていかないといけません。
従業員の活性度・創造性を高めていくために、会社は「健康経営」に真剣に取り組まなければなりません。ただ体力をつければいいということではなく、クリエイティブで情熱を持った人を作り上げていくことが「健康経営」だと思っています。個々人が健康であれば、職場が健康になります。職場が健康になるから、一人ひとりがよりクリエイティブになり、会社全体がもっと活き活きするのだろうと思っています。経営者として本気で「健康経営」に取り組もうと強く決意しています。
私たちは本当に多くの悩みを抱えています。それらを解決しながら、強く歩みを進めていかなければなりません。そのためにはやはり資源がないとまわらない。それは「人」という資源であり、加えて資本力も必要です。3,100億円の(コア)営業利益を今後3,800億円くらいまで、できれば4千数百億円まで伸ばしたい。それを、3年半後をめどにやり遂げようと思っています。人、ビジネスモデルの転換、そして人のために抜本的にシステムを変えるというような、さまざまな改革をしながら達成したいと思っています。
以 上
フライヤー