1. Overview
    概要
  2. Forthcoming Events
    これからのイベント
  3. Past Events
    過去のイベント
  4. Summer D.S.
    サマーデザインスクール
  5. Spring D.S.
    スプリングデザインスクール
  6. D.S. in Okinawa
    デザインスクール in 沖縄
  7. D.S. in Hong Kong
    デザインスクール in 香港
デザインフォーラム ビジネスデザインシリーズ vol.12

夢みる力が「気」をつくる

第12回目を迎えるに至った当ビジネスデザインシリーズですが、今回は、更に、産業の幅を広げて、JRビジネスを取り上げてみました。とりわけ、苦難を越えて新しい価値を創造しながら大躍進を遂げたJR九州の歩みは、デザイン学関係者の大いなる関心事であり、「発想力」「実行力」そして「それを可能にする源泉とは—」等々、学ぶべき要素が凝縮されているものと思料致します。今回は、下記内容を軸に、最前線で該社をけん引してこられた講師自らの経験を踏まえ、その哲学を大いに語って頂きます。

日時:2017年7月28日(金)17:30~(19:00頃から懇話会・有料)
場所:京都大学 デザインイノベーション拠点
   KRPのアクセス

講演者:唐池 恒二氏(九州旅客鉄道株式会社 代表取締役会長)

講演概要:
JR九州の歴史は逆境から立ち上がってきた歴史ともいえる。国鉄分割民営化後、当社は厳しい経営環境や度重なる自然災害など数多の困難を乗り越え会社も社員も強くなってきた。原動力のひとつは、夢みる力が生み出す「気」であると考える。
「気」は、価値を創造し感動のエネルギーへと変化する。乗車されるお客さまのみならず、沿線の皆さまの心までも動かす「ななつ星in九州」は好例である。
新たな事業への挑戦、様々なプロジェクト完遂までのエピソードを交えながら、私の信じる「気」についてお話させていただき、人を動かし組織や地域を活性化させるためにはどうすべきか皆さまと考えていきたい。

対象:京都大学教員・学生、デザインイノベーションコンソーシアム会員、一部招待者

定員:40名程度

参加費:無料(懇話会 1,000円)

申込: 7月20日(木)締切。下記よりお申込みください。
   https://pro.form-mailer.jp/fms/d71caabd123420

主催: 京都大学デザイン学大学院連携プログラム
    デザインイノベーションコンソーシアム

問い合わせ:デザインイノベーションコンソーシアム 事務局
      京都リサーチパーク(株)山口
      info[at]designinnovation.jp([at]を@に変えてください)
      075-315-8522


報告:

冒頭、当該フォーラムの意図、並びに今回のテーマ設定に関し、貫井先生の主旨説明がなされた。そして、唐池代表取締役会長の講演へと移り、更に参加者を交えての活発な討議、意見交換が行われた。

[講演内容主意] 
JR九州(九州旅客鉄道株式会社)は1987年に国鉄が分割民営化されて誕生した会社で、今年4月で満30歳を迎えました。また、2013年10月には、九州を3泊4日で巡る寝台特急「ななつ星」が誕生しました。今日は、その間の逆境の歴史を乗り越え、「ななつ星」が実現するに至るお話をしたいと思います。

■夢みる力
最初に、わたしがリーダーとして、トップとして、「こういう力を備えたい」と以前から考えていた3つの力についてお話しします。ひとつめは「夢みる力」、次が「気を高める力」、3つめが「伝える力」です。なかでも「夢みる力」がいちばん大事だと思っています。
たとえばソフトバンクを創業された孫正義さんは、1981年にソフトバンクの前身の会社を立ち上げました。その初日に、2人のアルバイトを前にスピーチをしたそうです。「諸君、わが社は5年後には100億円の売上、10年後には500億円の売上、30年後には1兆、2兆と数えるような会社をつくるんだ」と。孫さんはまず大きな夢を語っていたのです。その後社名をソフトバンクに変更し、創業から30年後の2011年の決算は売上3兆円、営業利益1兆円の会社に成長させました。それは、夢を実現するための実現能力、行動力、人脈、経営センス、感性、そういったものが合わさって成し遂げ得たものです。しかし、そのもとは夢をみる力があったからではないでしょうか。夢があるということは、それに向かって突き進む力になり、そして実現を可能にするということでもあります。
孫さんと同じように、本田宗一郎さんや松下幸之助さん、稲盛和夫さんも夢をみることの大切さを語っておられます。夢というのはひとつの大きな原動力なのです。

■気を満ち溢れさせる力
すばらしい経営者やトップは、会社や職場、まわりの人たちに「気」を満ち溢れさせる何かを持っていると思います。「気」を「広辞苑」で引いてみると、「天地間を満たす宇宙空間を構成するものと考えられる。万物が生ずる根源。生命の原動力となりうる勢い。活力の源」などさまざまな意味が出てきます。わたしは「気に満ち溢れた職場は元気が出る」「気に満ち溢れたお店は繁盛する」「気に満ち溢れた会社は業績がよくなる」と信じていて、ずっと言い続けてきました。中でもいちばん「気」がわかりやすいのはレストラン業で、お店に「気」が満ち溢れていると自然に繁盛するんですね。逆にお店から「気」が抜けていくと繁盛しなくなります。
二十数年前の話ですが、広島出張の折、博多に戻る前に昼食を食べようと思って駅ビルのレストランフロアに行きました。まだ11時半なのに、ある広島風お好み焼きの店にはすでに10人くらいの行列ができていました。店内の30席弱くらいがもう満席です。わたしは時間がないので通り過ぎようとしたのですが、店のなかから「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ! どうぞ!」と声がかかるのです。暖簾越しに店員が忙しそうにテキパキと動いているのが見えています。彼らは忙しいにもかかわらず、廊下を通る人にも声をかけているのです。そうすることでお店の「気」が外にまで溢れてくるのですね。
その3軒隣にも同じような広島風お好み焼きの店がありました。誰一人並んでいないし店のなかに一人もいない。サンプルケースを見ると、お好み焼きの種類、値段、ほとんど一緒です。わたしはそこに入りました。しかし店員に笑顔はないし態度は横柄、「気」がある店と抜けている店の差が歴然でした。
また、ヨーロッパへ出張したときに当時世界一と言われたレストランで食べてみようと思い、スペインに渡りました。有名なグルメ雑誌で毎年世界一になっていて、ミシュランでもずっと三ツ星を取っている「エル・ブジ(El Bulli)」という店です。どんな著名人でさえコネもツテもきかないという、厳正な予約応対で知られていて、半年前でないと予約が受け付けられません。しかし支店なら予約しやすいということで、わたしは支店に行くことにしました。世界一と謳われる店の支店は、近づいた時点でオーラが出ているのがわかりました。そして迎えてくれるスタッフたちが元気でフレンドリーで、日本の高級レストランや料亭とは全然違います。ディナーは夜8時から始まって食べ終わったのは11時半。3時間半の間、ウエイターさんたちのサービスがテキパキと早い。テーブルに料理を置くときのキレ、元気さ、明るさ、これらが店のなかに「気」を満たしていました。
ちなみに、このコネもツテもきかない厳正な予約の精神は、「ななつ星」でも採用しています。

■「世界一」の夢
さて、「夢をみると気がつくられる」「夢みる力が気をつくる」とわたしはずっと言ってきましたが、「ななつ星」には「世界一豪華な寝台列車をつくろう」という夢をみました。もともと30年前に、天才的なアイデアマンの知人が「九州で豪華な寝台列車を走らせたらヒットしますよ」と私に言ったことを長年あたためていたのです。
社長になった2009年6月、就任1週間後に、社員に指示を出しました。「豪華な寝台列車をつくるぞ」と。デザイナーの水戸岡鋭治さんにも「世界一の豪華列車をつくりましょう」と言いました。彼が最初に見せてくれたデザインはガラスで覆われていて、近未来型のモダンな車両の絵でした。わたしは、こう言いました。「水戸岡さん、贅沢とか豪華というのはモダンではないんじゃないですか。贅沢とか豪華というのはそれぞれの人が人生を経てきた経験から、これが豪華とか贅沢とか自分なりのものを持ってらっしゃる。映画で見た豪華なシャンデリアとかゴージャスなソファとか、そういうものが豪華だとインプットされている。モダンな近未来型のデザインは、お客様に豪華なものだとすんなり受け入れられないんじゃないかな」と。水戸岡さんはすぐにわかってくれて、クラシックでレトロな「ななつ星」をつくってくれました。図面だけで3000枚を超え、小さなものでは木ネジまですべてオリジナルのデザインです。
それらをつくる職人さんたちも、「世界一」に向けて燃えました。あらゆる職人さんたちが「ななつ星」への想いや手間を投入してくださった。運行開始まであと2カ月しかないという時期、狭い車両のなかで分野の異なる職人さんがいっしょに作業をしていて、戦場みたいな緊張感がありました。ちなみに洗面鉢は人間国宝で第14代酒井田柿右衛門先生がおつくりになったもので、各室に配置されています。柿右衛門先生は、この洗面鉢を納品されて1週間後に亡くなられたので遺作です。「ななつ星」はこのような職人さんたちの想いがこもっていますから「気」が溢れているのです。
「世界一」に向けて燃えたのは当社に取材にきている新聞記者たちも同じでした。「地方から世界一をつくる」という挑戦は、彼らにとっても励みになります。なぜなら「ななつ星」の記事を書けば書くほど全国版で配信されますから、熱心に取材してくれるのです。「世界一」という言葉がいろんな人を動かしました。

■「気」のエネルギーが「感動」のエネルギーに
「気」というのは中国思想からきているので欧米人にはわからないのではないかと思っていましたが、英語の「エネルギー」「エナジー」で通じるそうです。エナジーが人間を支配して人間を元気にしていると。エネルギーは変化します。たとえば運動エネルギーが光エネルギーに、あるいは熱エネルギーが運動エネルギーに。では、「気」は何のエネルギーに変化するのかというと、「感動」というエネルギーに変わるのです。これは「ななつ星」から学んだことです。
2013年10月15日、「ななつ星」デビューの日に、筑後川の鉄橋を渡る「ななつ星」に手を振って応援しようと、地元のうきは市の方たち177人が自発的に集まってくださいました。普段なら数秒で通り過ぎる場所ですが、わたしは事前にその情報を聞いていたので、運転手に20秒から30秒かけてゆっくり走るようにと指示をしました。集まった人たちは、そのあいだ手を振ってくれていました。すると177名のうちの半分ほどの人が泣かれたそうです。100m先を走る車両を約20秒見ただけ、手を振っているだけで泣かれた。泣かれた人のうちのさらに半分は号泣だったと、翌日の新聞に書かれていました。なぜ「ななつ星」を見ただけで、号泣されたのか。わたしは、これこそ「気」のエネルギーが感動のエネルギーへと変わったのではないかと思っています。
一方で「ななつ星」に乗車されているお客様は、九州を一周している3泊4日のあいだに平均5回ほど泣かれます。あるいは目を潤ませられる。とくに博多駅に戻ってくる前に開くお別れパーティでは、バイオリンの生演奏のもとで4日間のできごとを収めたスナップ写真の映像をスクリーンに映しているのですが、それを見ながら最後にはみなさん泣かれるのです。クルーたちは毎回上映会をやっているのに毎回泣いていますし、ときどき同席するわたしももらい泣きしてしまいます。これも「気」のエネルギーが感動のエネルギーに変化したからだとしか説明がつかないのです。「気」というのはエナジーであって、関わった人の想いと手間がこもっています。それが価値を創造して、感動につながるのではないかなと思っています。
では「気」を高めるためにはどうすればいいのでしょうか。まず、「夢みる力」があればそこに「気」はあります。広島のお好み焼き店や、スペインの「エル・ブジ」の事例のように、スピード感のある動きのなかにも「気」があります。明るく元気な声にも「気」が集まってきます。そして隙を見せない緊張感。良くなろう、良くしようという貪欲さ。この5つのうち3つあれば「気」が集まると、わたしは考えています。

■逆境からの出発
昨年JR九州は株式上場を果たしました。30年前、JR九州が上場できると思った人はいなかったでしょう。国土交通省も思っていないし、わたしも思っていませんでした。というのもJR九州は、1100億円にも満たない売上で300億円近い赤字、という逆境からスタートしたからです。民営化時に国から経営安定基金をもらい、その運用益で赤字を埋めると同時に、経営努力をして赤字をどんどん縮小して現在に至っています。
また、九州は災害王国ですから、この30年間は大雨が降るたびに線路が寸断されてきました。今年7月はじめにも集中豪雨があり、湯布院方面を走る「ゆふいんの森」という列車はいま、別ルートで走らせています。復旧に1年以上かかると思います。2年に1度、半年以上列車が通れないというような災害が起こっています。さらに、九州にはこの30年間で高速道路が増えました。もともと大赤字で災害が多いなか、マイカーやバスというライバルも出現したのです。
新聞記者から「なぜJR九州は逆境のなかで上場ができたのか」とよく聞かれます。わたしは、鉄道事業の改革、新規事業への挑戦に本気で取り組んだからだとお答えしています。その原動力の背景には、屈辱的な言葉がありました。国鉄からJRに変わったときに、北海道、四国、九州を三島と呼び、「JR三島会社」とまとめて呼ぶようになったのです。われわれは、九州はいつから島の扱いになったのかとたいへん憤りました。その逆境と屈辱感が人や組織を強くし、鉄道事業の改革へと突き動かしました。
鉄道事業の売上は30年前の1.4倍。鉄道分野以外の新規事業は、外食、流通、マンション、高速船航路、駅ビル、ホテル、旅館、老人ホーム、農業などをスタートさせ、当初の200億円くらいの売上から、いまは2500億円くらいにまで成長しました。

■伝える力
「夢みる力」「気を高める力」に続いて、最後は「伝える力」です。これに関しては多くの本が出ていますからひとつだけお話しします。
たとえば事故や事件などの事案があったときに、全社員に徹底を指示します。しかし、各部署に文書を配布しただけで「徹底しました」という人がいるのも事実です。伝えたと思っていても相手に伝わらなければ、それは伝えたとは言えないはずです。実際に全然伝わっていないことが多くあります。確実に「伝える力」といのは非常に大事なのです。
列車や店舗のネーミングも同様で、どうすれば伝わるかを重視して名付けています。たとえば一般的に「リゾート列車」または「観光列車」と呼ばれるものを、われわれはそれぞれの列車がおしゃれなデザインと物語を持っているという意味で、「デザイン&ストーリー列車(D&S列車)」と呼んでいます。現在、「ななつ星」の他に、「ゆふいんの森」「あそぼーい!」「A列車で行こう」「SL人吉」「指宿のたまて箱」「海幸山幸」「はやとの風」「いさぶろう・しんぺい」「九州横断特急」「或る列車」「かわせみ やませみ」という、個性豊かな12本のデザイン&ストーリー列車が走っています。これらのうちの9本がわたしのアイデアによるネーミングです。 

以上申し上げたことを、『鉄客商売』(PHP研究所)という本にまとめました。ご興味のある方はぜひご一読ください。本日はありがとうございました。
以上。

bizdesign-vol12フライヤー