1. 概要
情報学領域概論科目「情報通信技術のデザイン」は、個々の人間が全てを理解するにはあまりにも複雑となった情報通信技術のデザイン原理を包括的に理解し、整理することを目的として、平成25年度に開講されてから本年度で4年目を迎えた。授業は、昨年までと同様に、6回の招待講義、ワークショップ、高校生への発表会により進められた。情報通信技術の様々な分野で活躍する研究者・技術者の招待講義を通して、各分野の視点から情報通信技術のデザインを理解したのち、この理解を履修者間で共有、深化させるためのワークショップを行った。その後、履修者自らが情報通信技術のデザイン原理を高校生に説明することで、体系化されたデザイン原理を学習した。
本年度は特に、文部科学省AIPプロジェクトで挙げられている四つのキーワード「人工知能」「ビッグデータ」「IoT」「サイバーセキュリティ」をワークショップに取り入れた。各キーワードを核とする4つのグループに履修者を分け、各キーワードと情報通信技術のデザイン原理の関わりを議論した。
2. 招待講演
本年度の招待講演は、伊藤雅之先生、西村信治先生、牧野淳一郎先生、西原琢夫先生、大森久美子先生、西部喜康先生、神田崇行先生にお願いした。これら7名の先生方による6件の講演について以下にまとめる。
【VLSIのデザイン(伊藤雅之先生)】
マイコンのデザインを主題として、半導体とマイクロプロセッサの基礎から最新の技術動向などについて解説いただいた。前半の半導体の基礎知識とデザインについては、本授業でこれまでになされた「LSIのデザイン」の講義と同様の流れであり、ムーアの法則に基づく性能と生産性のトレードオフによりデザインされている。後半部分ではマイコン制御のためのマイクロプロセッサに主眼が於かれた。マイクロプロセッサは、コンピュータに利用される汎用プロセッサと比較すると機能が限定されてはいるものの、安価で大量生産が可能な上に小型であるという利点があるため、近年のグローバル需要、省エネ需要などにマッチし、現在大幅に市場が伸びている。これは近年注目されているIoT化を推し進める要素にもなっていると考えられる。
【ネットワークシステムのデザイン(西村信治先生)】
ネットワークシステムのデザインについて、ネットワーク需要の変遷と標準化の視点から解説いただいた。前半ではスマートフォンやIoT化によってネットワークに繋がる機器が爆発的に増加し、ネットワークトラフィックの需要が増加していることなどが解説された。これは、VLSIのデザインでも語られたように、LSIの微細化・高性能化による影響は確実であるが、この急激な変化により頻繁な標準化が必要になっている。昨年度の原田博司先生による「ワイヤレス通信のデザイン」でも主題となっていたが、標準化はネットワークシステムにおいて特に注目される部分である。新しいネットワーク技術は、それが各社会で受け入れられるためのルール作りが必要であり、その一つが標準化である。つまり、情報通信技術のデザインから見た標準化とは、社会受容性を高めるための人と社会の模倣の設計原理が働いているものといえる。
【スーパーコンピュータのデザイン(牧野淳一郎先生)】
理化学研究所計算科学研究機構エクサスケールコンピューティング開発プロジェクト(ポスト京)の副プロジェクトリーダーである牧野先生にスーパーコンピュータのデザインについて解説いただいた。スーパーコンピュータ開発の歴史は、LSIの歴史と対比させなくては説明できない。これまでのスーパーコンピュータの高速化の要因はLSIの微細化が大きく影響しているが、LSIの微細化はスローダウンしている。さらに、コアの並列化も破綻しかけており、スーパーコンピュータのさらなる高速化には設計方法を見直さなければならない。牧野先生がその根本的な問題として、これまでのボトムアップ的な開発方法を挙げている。本来、スーパーコンピュータは理想となる計算機があり、それに近づくようにトップダウンに設計する必要があり、その設計指針のための効率の概念を定義することが重要であると結んだ。
【ソフトウェア開発現場におけるデザイン (西原琢夫先生・大森久美子先生)】
ソフトウェア開発におけるデザインを西原先生および大森先生のお二人から解説いただいた。昨年度、新部先生の「オープンソースコミュニティのデザイン」におけるボトムアップな選択淘汰による開発方法と対比して、こちらはトップダウンに開発こそが重要であるという姿勢であった。すなわち、プロプライエタリのソフトウェア開発においては上流工程の基本検討や基本設計が最も重要であり、その良し悪しがシステムの結果を決めるということである。特に興味深い設計方法としては、開発現場の人々への分かりやすさ、受け入れやすさのための「シンプル性」が挙げられる。これは特にプログラミングにおいて指摘されていたが、講義を総括すると基本的にはソフトウェア開発の全行程において重視される部分であると考える。上流工程においては顧客に分かりやすく、必要な機能を全て列挙するためにも必要であり、システムコンセプトを決める上でも重要な要素であるといえる。
【サイバー攻撃のデザイン (西部喜康先生)】
過去に起こったサイバー攻撃の例を用いて、攻撃方法のデザインについて解説いただいた。サイバー攻撃の手口は、情報通信技術の進化に伴って様々な方法が取られるようになってきているが、ID乗っ取りのような初期の個人を対象とした愉快犯的な攻撃方法から、個人への攻撃を組み合わせてより大きなサイバーテロに繋げる方向へと大規模なものになりつつある。特に、家庭用BBルータを踏み台にして企業や国家への攻撃を行う例などが挙げられた。驚くべきことは、ビジネスホテルなどの公共無線LANの利用も危ういということであった。これらのサイバー攻撃のデザインは、根底に「人と社会の模倣」があるといえる。初期のインターネットはある特定コミュニティの中で使われ、企業や国家的な規模にまでは達していなかった。そのため、サイバー攻撃もコミュニティの中での個人から個人への攻撃であったのだと考えられる。企業や国家へと規模が増大し、インターネットが実社会をより反映するようになってきた昨今では、サイバー攻撃にも宗教性や国家の意向が反映されるようになったのだといえる。
【コミュニケーションロボットのデザイン (神田崇行先生)】
人とコミュニケーションを行うロボットのデザインについて解説いただいた。コミュニケーションロボットのデザイン原理は、「人と社会の模倣」である。これを促進するための技術として、ネットワーク技術の発展が貢献しているという。ネットワークに接続されるセンサとの連携が、ロボットの判断能力を高めており、IoTやビッグデータの重要性が表れている。コミュニケーションロボットの設計においては、ロボットの振る舞いを人間に似せるだけでなく、ロボットを人間社会に適用した際の影響を考慮しなければならない。特に、子供がロボットに攻撃を加える「ロボットいじめ」という現象が印象的であった。人間による「人間でないもの」に対する振る舞いは、子どもによるロボットいじめだけでなく、将来的に問題になることが予想されるロボットの人権などの問題にも繋がる可能性がある。
招待講義の様子 (神田崇行先生「コミュニケーションロボットのデザイン」)
3. ワークショップ
招待講演で学んだことを体系化・視覚化するために、6月25日~26日の2日間のワークショップをデザインイノベーション拠点(京都リサーチパーク)で開催した。例年通り、昨年度履修者から2名のTAをお願いした。ワークショップは、各人が情報通信技術開発の歴史について、2テーマを選択してまとめ、スライド1枚で発表したのち、「人工知能」「ビッグデータ」「IoT」「サイバーセキュリティ」の各キーワードをテーマとする四つのチームに履修者を分けた。各チームで招待講義から理解した情報通信技術のデザイン原理について議論し、ポスターにまとめた。
このワークショップの目標は、情報通信技術のデザイン原理を十分に咀嚼し、高校生が理解しやすいように体系化することである。6月29日には、ワークショップで用いたポスターを用いて発表のリハーサルを行い、ポスター発表に改善を加えた。翌週の7月6日には、京都市内の西京高校、堀川高校から約20名の学生を招待し、デザインファブリケーション拠点(吉田)で発表会を行った。今年も西京高校の藤岡健史先生に大変お世話になった。例年通り、発表会は高校生を交えたミニワークショップも行われた。今年のミニワークショップのテーマは、「今、困っていること」を、情報通信技術を使ってどのように解決するかを考えるというものであった。ミニワークショップの最後に、ディスカッションした内容について高校生自らが発表した。
本年度も、発表会に参加した高校生から、以下のような感想が寄せられた。
■今回,ぼくは将来の進路の視野を広げる目的でこのデザインスクールに参加させていただきました。
ポスターセッションでは全く情報学の知識がない僕でも,ビッグデータとは何か,人工知能はどうやって学んでいくのか,インターネットとものをつなげることによる利点は何なのか,サイバーセキュリティ―の仕組みとは何かを理解することができました。
特に,リアルタイムでサイバー攻撃の様子を見ることができるシステムはとても印象に残りました。
京都大学の方々を交えての話し合いは,何をするのか最初不安でしたが,積極的に話しかけてくれたおかげで,自分の言いたいことが言えて,初対面の人ばかりなのに今までにない素晴らしい話し合いができました。
今回の僕の目的である,将来の進路の視野を広げるという目的は十分に果たすことができました。
これからの自分の人生に情報学という新しい道をつくることができたとともに,これからの未来への期待をもつこともできました。
本当にありがとうございました。
■さすが京大生!と言わんばかりのクオリティのポスターと発表内容にとても興奮した。さらに、IoT、ビックデータ、AI、セキュリティのどの部門もこの世界の可能性をより大きくするものだと心から感じた。
ただ逆に言えば、今後の技術や製品はこれらのどの観点から見ても高水準でないといけないということ。それらをふまえ今回のイベントからは将来への楽しみと今後、社会で活躍する難しさを感じた。
とても有意義な時間でした。
■私は,文系に進むつもりで,特別情報科に興味があるわけでもなかったのですが,ポスター発表は4 つともとても興味深かったです。特に印象に残ったのは,ビッグデータのお話の中で,ネット上のデータは海底ケーブルを通ってアメリカのデータセンターに送られていると知ったことです。データがクラウドという場所に保存されているということは聞いたことがありましたが,それがアメリカのデータセンターにある大量のコンピュータで管理されているということは知りませんでした。また,Internet of Things のお話の中で,電化製品などの物がどのようにしてインターネットと繋がっているのか興味が湧きました。グループでの活動では,私たちが普段困っている何気ないことについて,情報の視点からアプローチして解決方法を探し,いつもと違う視点で考えることができて面白かったです。情報科はこれからどんどん発達していく分野で,それと同時にセキュリティ対策についても考えていく必要があるという,とても学びがいのある分野だと感じました。
■今回の情報デザインのプレゼンは去年に比べて大変理解しやすかったです。また、大学生との交流も去年より活発にできました。スクリーンに直接PC をつないで実演をしていたのはわかりやすく、よかったです。
■大学院生の方々のポスターセッションがわかりやすく、そういうことを良く知らない私でも理解することができ、知識を深めることができた。
グループワークのときは大学院生だけでなく、他の参加した人とも交流できていい機会だった。
ただ、グループワークのときに大学院生の方々がどんどん先に進めて、少し取り残された感があった。
でも全体的にとてもよかったので、来年も参加したいと思います。
■今回、「情報通信技術のデザイン」高校生向け発表会に参加させていただき、とても有意義な時間を過ごすことができました。
スクリーンの使用や、日常生活との関連を用いるなど様々な工夫があり、分かりやすかったです。
冷蔵庫の中をスマホから見て買い物時に役立てるというのは身近でとても使いやすいと思いました。でも年々情報そのものが増加し続けていたり、サイバー攻撃が頻繁に行われていたり、さらに人工知能の発達により、人の職業が減るかもしれないという様々な課題があることを学びました。
情報通信技術の発達がなかったら、今の私たちが使っているスマートフォンやパソコンなどは存在していません。
現在を豊かにしている便利で今となっては当たり前と思われがちな情報通信技術の歴史を学ぶこともできました。
難しく、専門的なお話もあり、すべて分かったわけではありませんが、情報通信技術の様々な利用や可能性を知ることができました。ありがとうございました。
■・シンプルに頭良い人と喋れただけで有意義な時間でした。
・参加するまで、インターネットにつながっている身の回りのものをIoTと呼ぶなんて全然知らなかったし、そのせいでこの先大量のデータが存在するようになったときその通信が増えたときどうするかが十分進んでいると思った今でも解決できていないというのは驚きでした。→要らない情報といる情報、今使う情報と使わない情報といった感じで仕分けが出来たら少しはましになるんじゃないか…など考えました。
・人工知能は統計的でない処理が苦手、ということはこれから先もブームが続き研究されていき統計する者が増えていけばやがては人と同等もしくはそれ以上の存在になるんではないかと感じ、少々恐ろしくも楽しみになりました。
個人的にアンプやミキサーを打っている某社の3Dプリンターがあったということがおどろきでした。
楽しく有意義で大変おもしろかったです。
普段の自分たちでは全く考えがおよばないようなことがたくさん知れてよかったです。
■初め、”情報通信技術のデザイン”とはどういったものか、情報科に進むつもりがないし、情報の知識も全くないのに参加しても大丈夫か、話についていけるのかと少し心配でした。いざ参加してみると、大学院生が暖かく迎え入れてくださったので安心しました。
ポスター発表では、難しい単語には説明をしながら、また私達に質問しながらの発表だったので分かりやすく、自ら参加して聞けました。
その中で、私たちがおかれている状況と今後の課題について考えることができたと思います。ワークショップでは、一見“情報通信技術のデザイン”とは関係ないようにみえる悩みも、そんな方法で解決できるんだと思える方向からアドバイスをくださったので目からうろこでした。発表会が終わった後も普段の悩みなどを聞いてくださったり、バイクの免許のとり方、大学院生活のおもしろさを教えてくださったりと、とても有意義な時間を過ごせました。また来年も参加したいです!
■色々な発表が聞けておもしろかったです。
欲を言えば、その発表の内容について質問したり話したりということをもっとしたかったとは思いました。アイデアを出して考える場面では大学院生のみなさんが気さくに話しかけてくださり、お菓子の効果もあって話しやすかったです。情報技術がどのように、どんなふうに進化していっているのかが分かってその分野に興味がさらに湧きました。
■私はこの発表会に参加する前は「情報通信技術」という言葉すらいまいちピンときていませんでした。しかしそんな知識のない私でもちゃんと分かるように大学生のみなさんが説明してくださったのですごくよかったです。特に印象に残ったのは人工知能についてです。元々興味があったこともあり楽しく話が聞けました。またディスカッションも、私たちの身近な問題を大学生のみなさんがうまく話を広げてくださったので、楽しかったし勉強になりました。今回の発表会で聞けた話を文理選択や進路選択の参考にしていこうと考えています。ありがとうございました。
■今回参加させていただいて、未来について考えさせられる内容だと思いました。
自分たちの将来に直接関連している内容で、この世の中はどんどん便利になっていくんだということを実感しました。しかし、その反面不安や、ヒューマニズム的なことについても考えると最もよい未来はいったいどんなものなのかと考えてしまいました。
自分たち、高校生のまちまちの悩みをとても具体的に考えて下さって、とてもおもしろかったです。
短い間でしたが、本当にありがとうございました。
真面目に勉強して、自分のやりたいことのできる大学へ進学します。
■短い間でしたが、大変濃く有意義な時間を過ごさせていただきました。サイバーセキュリティ、AIなど興味深い内容の発表で、とても楽しかったです。
将来はどうなるかわかりませんが、今回の内容はとても役に立つと感じています。これからの世界は情報が占める割合が大きくなると思います。しっかりと利用しないと危険を伴うものだけど、無限の可能性を知れて、大変うれしかったです。ありがとうございました。
来年もいきたいところですが、上手くいけば大学生です。
機械があればまた行きたいです。
■今回はこのようなすばらしい機会を設けていただき、ありがとうございました。
僕は将来このような職につきたいと考えているのですが、今回の話は大変参考になる興味深い話ばかりで、ひとつひとつの話をたのしく聞くことができました。
大学に入れたら、このような話をもっとくわしく学び、人に上手な説明ができるような、そんな人になりたいと思います。そして、社会にでて、今回の話で考えたような、様々なアイデアを僕が現実にしたいです。
本当にありがとうございました。
■今年は昨年に比べ、高校生も関心のあるテーマが多くとりあげられていたと思いました。
特におもしろいと思ったのは世界で発生しているサイバー攻撃の様子が分かる映像です。
大企業が攻撃から企業秘密を守るために予算を割かなければいけないというのは現代ならではだなあと思いました。
要望としては、この会の時間をもう少しだけ長くとってもらって、ワークショップで様々な議論を大学院生の方々とできたら良いと感じます。
また、「デザインスクール」の発表会に3回参加してみて、情報学(?)への興味が深まったので、大学生になったら文系学部でもとれるような講義があればとりたいなと思います。
(講義担当:佐藤高史、石田亨、村上陽平、大谷雅之)