日時:2015年10月5日(月)17:30~(19:00頃から懇話会・有料)
場所:京都大学 デザインイノベーション拠点
KRPのアクセス
講演者:菅野 信行氏
(株式会社ビジネスコンサルティングプロモート 顧問、
元シャープ株式会社 専務取締役 中国本部長)
対象:京都大学教員・学生、デザインイノベーションコンソーシアム会員、一部招待者
定員:40名程度
参加費:無料(懇話会 1,000円)
申込: 下記より申込ください。9月25日(金)締切
https://pro.form-mailer.jp/fms/18e046e382381
主催: 京都大学デザイン学大学院連携プログラム
デザインイノベーションコンソーシアム
問い合わせ:デザインイノベーションコンソーシアム 事務局
京都リサーチパーク(株)山口
info[at]designinnovation.jp([at]を@に変えてください)
075-315-8522
講演概要:
日本経済を自動車とともに支えてきた電機・電子機器産業の歴史を、少し振り返る。1980年代半ば、それまでの国内生産をベースとした輸出型ビジネスから欧米での貿易摩擦回避のため、徐々に現地生産化への移行を余儀なくされる時代に入る。また、韓国・中国・台湾エレクトロニクスメーカーなど東アジア勢力の台頭により価格競争が激化し、コスト低減のため1990年代には中国、タイ、マレーシアなどのアジア各国での生産に大きくシフトせざるを得ない状況が押し寄せる。更に、販売においても従来の欧米一辺倒の市場から近年の成長著しいBRICsに代表される新興諸国の購買力の上昇に伴い、そのマーケットは急激に世界各地へと拡大、いわゆるグローバルビジネス時代に直面するに至るのである。
かかる状況のもと、各企業は、生産/販売とも海外ビジネス展開に注力しつつも、国ごとに民族、言語、習慣等も異なり、従来の延長線上では思うようにコトが進まない事態に遭遇するケースも多々見受けられる。また、これに対応できる所謂グローバル人材の養成も喫緊の課題とされるが、如何にすればこれに適する人材が育成できるのか簡単には答えは見つからないのが現状ではないかと思われる。
今回はシャープにおいて海外事業一筋に43年間、7つの国と地域に計28年間過ごされ、海外拠点構築やマネージメントの最前線で活躍されてこられた幹部をお招きすることになりました。ビジネスや生活の現場で直面された貴重な体験から今後のグローバルな事業展開や人材育成に必須となるお話を直接語っていただきます。
講演報告:
冒頭、川上先生の当該フォーラムの主旨説明を頂いた後、菅野氏の講演、更に参加者を交えての活発な討議、意見交換が行われた。(参加者;35名)
◆コートジボワールから始まった海外ビジネスと海外生活
私は若い頃から海外で働くことに興味があり、東京外国語大学を出てシャープに入社し、海外事業本部配属を希望しました。そして1980年に念願の海外勤務が叶い、コートジボワールに赴任しました。
コートジボワールはフランスからの独立前は西アフリカ全体のフランス領の総督府が置かれていた場所で、隣がガーナ。その隣のリベリアは昨年エボラ出血熱が大流行した国です。西アフリカはマラリア、デング熱、そのほかさまざまな熱帯雨林特有の風土病が多い土地で、住むには大変なところです。また部族が違えば言葉が通じず、いまでもフランス語が公用語で教育もフランス語で行われています。
コートジボワールでのミッションは、ナイジェリアやリベリアなど西アフリカ各国でのシャープ製品の販売の拡大と販路の拡大でした。当時のアフリカで売上の中心は白黒テレビとラジカセでした。所得が低いアフリカでラジカセは贅沢品であり、親戚や友人、知り合いに少しずつお金を借りて買うのが一般的。あるとき、電気店のオーナーは、「おたくのラジカセのデザインは非常によくて人気がある。ただし軽すぎる」と。確かに当社では金属部品をプラスチックに置き換えていたので軽くなっていましたが、贅沢品ですからアフリカではそれなりの財貨感が必要なのです。そのため展示品に乾電池を入れておく必要がありました。このように、同じ製品に対しても日本とアフリカで価値観がまったく異なります。商品企画をする場合には、対象ユーザーがその製品に対してどのような価値観を求めているのかというところまで踏み込む必要があることを学びました。
コートジボワールのあとは、アメリカ、イタリア、香港、イギリス、ドイツ、中国と合計7つの国と地域で約28年間を過ごし、国ごとに違う文化、生活・ビジネス習慣、社会制度に直面しながら多くのことを学んできました。特に香港ではイギリスから中国への返還、ドイツではユーロへの切り替えという大きな節目を経験しました。
◆海外生活で学んだ「グローバルビジネスマネジメント」
これらの海外赴任経験から私が考える「グローバルビジネスマネジメント」の要点について、お話ししたいと思います。グローバルビジネスを展開するにあたって一番重要なことは、海外進出に対するトップマネジメントの不退転の決意だと思います。少子高齢化が進む日本では市場の先細りは間違いなく、海外進出は不可避でもあります。言語や人種、文化、商習慣、さまざまなことが日本とは異なり、市場の情報がなかなか掴めませんが、いったん海外に進出すると決めたからには何としてでもやり抜くというトップの強い決意が必要です。2つ目は世界で戦えるだけの十分な技術と製品、あるいはブランドを持っているかどうか。3つ目は、世界で戦えるだけの人材を保有しているかどうか。社内での育成が一番ですが、社外からふさわしい人材を引き抜くケースもあるでしょう。ただし、単に言語が流暢に話せるというだけではなく、交渉力や異文化への対応力、困難な環境への順応力などさまざまな能力が必要になってきます。4つ目は市場が成熟して変動幅が小さい日本に比べ、海外市場の場合はその振れ幅が大きく、特に新興国はアップダウンが極端に大きくなる場合があります。したがって激しい経済変動に耐えうるだけの体力を当該企業体がもっているかどうか。即ち、海外子会社の経営不振が日本にまで影響を及ぼし、更には企業体そのものの根幹を揺さぶることになりはしないかという点。また変化が激しい海外市場で日々発生する問題に対応できる、スピーディな経営ができるかどうか。法務組織を含め、様々な変化への対応体制が企業体にあるかどうかが問われます。スピード経営実現のためには、本社の組織や仕事の進め方を変更する必要があるかもしれませんし、本社に集中している権限を思い切って海外に移譲する必要があるかもしれません。最後に、最近話題になっている社内公用語の問題があります。社内公用語を英語にすることの最大の抵抗勢力はおそらく経営企画室、人事、経理、総務など、特段の英語力を必要としない本社系の部署だと思われます。楽天やファストリテイリングは創業者社長の強力なリーダーシップで英語の社内公用語化を実現しました。しかし実は20年以上前に、著名な商社が英語の社内公用語化に取り組んで失敗した例があります。海外ビジネスを本業とする商社でさえ容易でない事例からも分かるように、一般企業にとってこの問題はきわめて重い課題だと言えでしょう。最近では、外国人を含んだ会議の場合だけ、英語で会議を行うケースも見られます。しかしその場合、会議を英語にしたとたんに発言する人の数が減り、発言の内容自体も簡単で議論の深まりもなく、最終的に会議も早く終わってしまうということも多々見られます。それでは本末転倒です。
グローバルビジネスマネジメントは、以上、6つの観点から捉え、戦略化し実行することが肝要だと思います。
◆真のグローバル人材とは
3つめにあげた「グローバル人材」についてもう少しお話しします。まず重要なことは、それぞれの国の歴史や文化、風俗、習慣をよく知り、日本人の目から違和感を覚えることであっても事実として受け入れることができるかどうか、です。言い換えれば、日本人の物差しで何でも判断してしまってはいけません。多様性を受容する柔らかな心をもって、自分の価値観を一方的に押し付けないことが大切です。また現地で自分は異邦人であると認識することです。異邦人ゆえの見方や価値観を相手にぶつけて議論するなかで、お互いの垣根を低くしていくことが必要です。「生まれも育ちも相手と異なり言語も異なるのだから、考え方も相手とは異なって当然」という前提に立つことです。更に、海外赴任した場合、現地を代表して日本の本社に現場の事情や状況を正しく伝え物申す一方で、本社の考え方を現地にきちんと伝え全体最適化の解を見出す、バランス感覚を磨くことが必要です。常に本社が正しい訳でもなく、また現地が正しい訳でもなく、ローカルニーズをきちんと理解しつつ、全体最適をはかることが重要だということです。
結局グローバル人材とは、それぞれの異なる文化を理解したうえで、人種、肌の色や髪の毛の色という外観的なものを越え、その内にある個人の持つ人柄や考え方に接することによって、より理解と認識を深め、然るべき交流・交渉や事象の冷静で正しい判断ができる人ではないかと思います。
◆グローバル人材を目指して、身につけるべきこと
グローバル人材を目指す学生の人たちは何をすべきかお話しして終わりたいと思います。
一つ目は語学力。文法の誤りをあまり気にせずに、とにかく積極的に話すことです。たどたどしくても積極的に話すうちにいつの間にか言葉を覚えて正しい発音で話せるようになります。通じるのならジャパニーズイングリッシュでもかまいません。ただし、LとRの区別はきちんと発音して、またきちんと聞き取れるようになる必要があります。
コミュニケーション力についてはまず相手の言い分をよく聞く、グッドリスナーであること。一方的にこちらから発信するのではなく、まず相手に喋らせることです。そして相手が伝えようとする意味を自分がきちんと理解しているのか確認するために、相手の話を別の表現で聞き返すなどして、「あなたの言うことを正しく理解しています」と、明示して信頼関係を築くことです。
議論力については相手の立場になって考えることです。お互いに自分の言い分ばかりを主張していると話がかみ合わずまともな議論になりません。それよりも相手の立場だったらどう考えるか、どんなことを言われたら相手が折れるか、そこの部分に集中することです。さらに論理的であることと同時に、腹を据えて情熱を込めて話すことです。言葉というのは同じことを言っても話す人によって迫力や魅力が異なります。したがって人間的魅力と言葉の表現力を日頃から磨くことが大切です。
また、異文化への理解力は偏見をもたずに真っ新な心で対処することです。そのためには日本の常識が必ずしも世界の常識ではないケースが少なからずあることを認識しなければなりません。たとえば世界的に見れば水は不足している国が多く、「湯水のように使う」という表現を英語に直訳してもほとんどの国の人がピンときません。異文化への理解というのは、いわば鏡に映し出された自分を見るようなものです。重要なことはお互いの文化に優劣をつけることではなくて、違いを違いとして味わい楽しむことなのではないでしょうか。
最後に順応力ですが、重要なのは柔軟な心と好奇心をもつことです。日本人の目からは大変きびしい生活環境であっても、その地で生まれ育った人にとってはそれが当たり前の環境で、そこで手に入るものを食べて成長してきたわけです。食習慣をはじめとする文化・環境背景を理解することが順応力につながり、相手と同じ食事を一緒に食べることで互いの距離が縮まるのだと思います。
◆講演の終わりに
最後に一冊の本を紹介したいと思います。『三和銀行香港支店』という1997年に講談社から発行された本で、1960年香港に進出した三和銀行のお話です。世界で最も自由化されている資本主義の香港で、三和銀行の方が中国人を相手にいかに苦労されたかという内容で、中国文化という異文化との格闘の話とも読めますし、本社対支店の対立、その解消までの物語としても読めます。古い本ですが、少しでもみなさんの参考になれば幸いです。
報告の詳細は下記デザインイノベーションコンソーシアムのページをご覧ください。
http://designinnovation.jp/program/design-forum/df-report/-vol.html