講師:宮田 喜一郎氏(オムロン株式会社 執行役員常務 CTO兼 技術・知財本部長)
日時:2015年7月1日(水)17:30~(19:00頃から懇話会・有料)
場所:京都大学 デザインイノベーション拠点
KRPのアクセス
対象:デザインイノベーションコンソーシアム会員、京都大学教員・学生、一部招待者
定員:40名程度
参加費:無料(懇話会 1,000円)
主催: 京都大学デザイン学大学院連携プログラム デザインイノベーションコンソーシアム
講演概要:
今年の5月10日に82回目の創業記念日を迎えたオムロン㈱は、センシング&コントロールをコアコンピタンスとし、オートメーションの進化を通じて、社会の持続的成長に寄与して参りました。昨年、同社は東京証券取引所から「企業価値向上表彰」の大賞に選定されました。選定の理由は、同社が実践している「ROIC経営」にあります。ROIC経営とは、投下資本利益率(ROIC)を重要な経営指標と位置づけ、社内の各部門で意識できるレベルに分解し現場レベルでROICの向上を浸透・追求する活動です。
例えば、営業部門では「いかに利益を上げるか」、生産部門では「いかに安く効率良く作るか」、開発や商品企画部門では「開発する商品やサービスでいかにお客様の価値を最大化するか」といったように、ROICを算出するための要素を各部門が自部門の指標に捉えなおして追求することで、高いレベルでの企業価値向上を成し遂げました。今春オムロン㈱のCTOに就任した講演者は更なる企業価値向上にチャレンジ致します。あらゆるモノが通信機能を持つと言われるIoT (Internet of Things)世界が到来する中、例えばヘルスケア機器と通信との融合は新たな価値創造の好例であるといえましょう。具体的にはバイタルデータを活用した高齢者等の見守りや、健康行動の評価による街の活性化がありますが、その取り組みの一端として、被災地や離島における事例や商店街活性化の取り組みを例に紹介して頂きます。また、バイタルデータに代表されるヘルスケアデータは、他のセンサ(環境センサ等)と組み合わせることで、これまでとは違った新たな価値を生み出す可能性を秘めています。結びにこれらのデータ解析領域での発展性についても触れて頂きます。
更なる企業価値向上を目指すオムロン㈱のCTOの生の声から多くを学び、次の時代を担うビジネスデザインに活かして参りましょう。
講演報告:
冒頭、川上先生の当該フォーラムの主旨説明を頂いた後、宮田氏の講演、更に参加者を交えての活発な討議、意見交換が行われた。(参加者;40名)
◆オムロンについて
オムロンは1933年に創業者である立石一真が創業して以来、産業、社会、生活、環境の分野で、センシング&コントロールをコアコンピタンスとして、社会課題を解決しながら企業価値の向上を図ってきた。オムロングループ全体では2015年3月期の売上高は8473億円で、そのうちの約4割が工場自動化用制御機器事業である。
◆企業価値向上の取り組み
1)企業理念に基づく経営
オムロンでは企業理念を重視した経営をしており、企業理念を企業活動の隅々にまで浸透させている。オムロンの企業理念は会社の憲法という意味の「社憲:Our Mission」と、「大切にする価値観:Our Values」の2つで構成される。
[Our Mission:われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう]
[Our Values:ソーシャルニーズの創造、絶えざるチャレンジ、人間性の尊重]
社憲の言葉は1959年に創業者が作ったものであるが、これを1990年に企業理念としてまとめた。そして2003年当時の会長であった立石義雄が、「社の求心力を社憲にする」とグローバルに宣言した。会社がグローバル化し、海外の社員が増えれば増えるほど、遠心力は加速する一方で、アイデンティティーや求心力を見失うことになり兼ねない。オムロンではそういった場合は必ず「社憲」に戻るように社員に伝えている。ビジネスにおいて悩んだり判断が難しい局面に立ったりした時にも必ずこの「社憲」に戻る。オムロンにおいて社憲はいわば、「全社の求心力」として機能している。
さて、創業以来、創業者はなんのために会社を運営しているのかということを真剣に考え続けた。そして1959年に、「企業は社会の公器である」という考えに至った。社憲にある「われわれの働きで」という「われわれ」はオムロンの社員を指すが、次の「われわれ」は社員だけでなく社会すべての人々を指す。社会全体をよりよくするという意味で、オムロンの社憲はCSRを体現した社憲だと言える。また、Valuesのひとつめに「ソーシャルニーズの創造」とあるが、その一例として1970年の大阪万博をきっかけに普及した自動改札機がある。これは今でいうベンチャー企業であった創業当時に「社会」に向けて「オートメーションで何かできないか」と研究開発していた成果が結実したものといえる。
企業理念の実践に関する社内イベントとしては、今年で4年目を迎える「TOGA(The Omron Global Awards)」がある。企業理念を体現している仕事を社内で持ち寄って、それを表彰する取り組みである。自分の仕事をベースにエントリーする点が特徴で、イベントのためにテーマを作ることはしない。創業者の残した5つのキーワードのどれに自分の仕事が最もよく当てはまるかを自分で宣言してエントリーする。多くの社員が参加しており、年々盛り上がりを見せている。このようにして、オムロンは企業理念を求心力として日々の活動を展開している。
2)ROIC経営
今回のテーマである「企業価値の向上」のキーワードに「ROIC」がある。オムロン独自の「ROIC経営」が、東証主催の「企業価値向上表彰」大賞受賞理由のひとつになった。そもそも「ROIC経営」とは、「逆ツリー展開」と「ポートフォリオマネージメント」の2つの要素から成り立っている。本講演では「逆ツリー展開」について説明する。
「ROIC(投下資本利益率)」は一般的に、投下資本を分母とし、営業利益×(1−実効税率)を分子とする式で表現され、簡単にいうと設備投資や運転資金などの投入している資本に対して、どれだけの利益を生み出せるかということである。ROICをより理解しやすくするために、一般式は次式に分解できる。
ROIC=[当期純利益/売上高]×[売上高/投下資金(運転資金+固定資産)]
右辺の左の項は売上げ利益率、右の項は少ない資金で売上げをどれだけ稼げるかという投下資本回転率を示すことが分かる。この指標を各部門が自分たちの仕事にリンクさせて日々の業務を行っている。逆ツリーと呼ぶ理由は、一番重要である現場をメインにおいて、現場ごとにキーパフォーマンスインデックス(KPI)と改善ドライバーを設定して、そこからROICを導く手法であるからだ。例えば、現場が在庫月数をコントロールすることによって改善ドライバーがよくなり、結果的に投下資本回転率が上がるという捉え方である。現場が在庫月数をどうすればどう変わるかということを意識させることがポイントである。
一般的な「ROS(売上高経常利益率、売上高利益率)」ではなく「ROIC」を基準にしたのは次の理由からである。オムロンの5つの事業部門はそれぞれ事業形態がまったく異なっており利益率も全然違う。もし評価の指標が「ROS」であれば不公平感が出てしまうが、「ROIC」であれば各事業部門がそれぞれいくらの資本を投入し、利益をあげているのかという同じ指標で比較することができるため、フェアな評価に繋がるからである。
現場への逆ツリーの浸透、実践を通じてROICへの理解が深まったことで、現在は先程の式を進化させて、次の式を用いている。
ROIC≒ (V)/((N)+(L))
これをわかりやすく説明すると、分母は「必要な経営資源(N)+滞留している経営資源(L)」となり、分子は「お客様(ステークホルダー)への価値(V)」と言い換えることができる。必要な経営資源(N:モノ、カネ、時間)には必要なお金をかける一方で、滞留している在庫など(L:ムリ、ムダ、ムラ)を徹底して下げていくという意志を示す。
さて、この式の分子である「お客様への価値(V)」を高めるためにはどうすればよいか。新しいニーズに対してどう応えていくのかについて、ヘルスケア分野の事例を紹介する。
◆お客様への価値提供事例のご紹介:ヘルスケア事業
1)血圧遠隔管理サービス
ICTを使ったヘルスケアサービスの実例をメタボリックシンドロームの例で説明する。中高年になると高血圧などの症状が出始め、徐々に医療との関わりが増えていく。放置していると、われわれが「イベント発症」と呼んでいる心筋梗塞や脳溢血などを発症し、手術などが必要な段階になる。これがメタボリックシンドロームの典型的なパターンである。
医療サービスを考えるにあたって一番重要なのは、医療費高騰の主原因であるイベントを如何に起こさせないかということである。国の方針で病院のベッド数を削減し、地域包括ケアという取り組みが進み始めているが、ここにICT活用の可能性が存在する。たとえば疾病の予防管理では、イベント発症前に健康増進のための仕組み作りが挙げられる。とくに高血圧と高血糖が大きな課題で、高血圧は20年かけて動脈硬化になりイベントの発症リスクが確実に上がる。
150701_0008.jpg国内の高血圧患者は現在4000万人、あるいはそれ以上とも言われながら、通院されている方はわずか40%、また、通院されている方のうち途中で通院を止めた方が全体の16%。通院されている中でも、降圧に成功するのはわずか全体の13%。その背景には、家庭血圧の測定不良があると考え、オムロンでは血圧計の「メディカルリンク」サービスを行っている。
「メディカルリンク」は、携帯電話カードが入った血圧計を使用するという極めてシンプルなICTのシステムである。だれでも操作できるというコンセプトのもと、送信ボタン類は一切つけていない。測定が終わればデータが自動的に専用サーバーに送信、保存され、通院時にIDカードを受付で渡すと医師のパソコンにデータが表示されるシステムになっている。
従来の血圧手帳は人によって書き方がバラバラなうえ、誤記入が多い。また、医師に怒られるからあえて正確値を記さないなど、自己申告で行う難しさが問題視されている。一方、この「メディカルリンク」を用いれば自動的にデータが送信、保存されるため、そういった問題点の多くが解消されることになる。
それ以外にも、投薬診断支援のAI機能や、一定の数値を越えると医師に信号が送られるアラートシステムも搭載している。もともと医師向けにスタートしたサービスであるが、実はわれわれが意図しなかった新しいニーズが生まれているという実例を次に紹介する。
事例1) 福島県南相馬市はもともと平均血圧が高い地域であったが、震災後のストレス等でさらに高くなった。そこで南相馬市の市立病院がかかりつけ医と連携して、メディカルリンク血圧計を使用している独居老人の血圧データを市立病院で常にモニタリングすることにした。データに変化があったり、測定が継続されていなかったりした場合、かかりつけ医に連絡をすることにしている。高齢者にとっては血圧計の向こうに医師がいるイメージが安心感につながり、それによって血圧が下がることも判明した。また、毎朝きちんと測っていた測定時間に徐々にばらつきが出始めると、それが認知症の初期症状であることが判明するなど、新たな使い方による新しい知見も得られている。
事例2) 沖縄において、離島の診療所の保健師さんと離島の独居老人との健康管理に関するコミュニケーションツールとしての役割を果たしている例もある。このデータは沖縄県の医療革新イノベーション研究所、琉球大学とともに分析を進めている。
事例3) 会津美里町では健康増進のため、積極的な血圧測定を促すため、測定すれば通信料相当の地域通貨を付与する。この通貨が地元の商店街で消費に使われれば商店街も活性化するという狙いがある。
システムはほぼ同じであるが、価値を受け取る対象とニーズが微妙に違う。いずれにおいても、ヘルスケア領域でのビジネスでは、誰を対象にしてどのような価値を供給するのか、更にはお金を払うのが誰かということも十分考慮する必要がある。これらに配慮しつつ、その価値が徐々に浸透していけば、やがて治療に使われている膨大なお金が、予防に回ってくるように変わっていくと考える。
2)顔認識センサ
次は顔認識センサについて説明する。オムロンの保有する画像センシング技術を用いて、画像を使いながら独居の方などの健康情報と合体させてサービスに結びつけたいと考えている。例えば、「笑っている」「泣いている」「怒っている」というような状態が出力される手のひらサイズの画像センサがある。この応用開発の特徴は、世の中の人が活用法を考えてくれることを期待してオープンイノベーションを取り入れたことである。Facebook上で「Sensing Egg Project」をスタートさせ、これを使ったスマホアプリを募集した。即ち、ユーザが使い方を創出し、開発するモデルを取り入れた。
ソーシャルニーズを捉え応えていくことは簡単ではないが、オムロンでは「社会的な課題に対して、事業を通じて解決する」をモットーに今後とも事業化に向けてトライし続けていく。
◆オムロンの目指す方向
150701_0078.jpgのサムネイル画像オムロンはこれからも情報を価値に変換する「センシング&コントロール」をコアコンピタンスとして、より良い生活、社会の実現に寄与していく。最後に、昨年のCEATECで想定外の評判を呼んだ卓球ロボットの動画を紹介して終わりとしたい。これは、人にやさしい機械をコンセプトに、人がうちやすい位置に返球しながらラリーを継続するロボットを製作したもので、今年のCEATECでも展示する予定にしているのでぜひご覧いただきたい。
報告の詳細は下記デザインイノベーションコンソーシアムのページをご覧ください。
http://designinnovation.jp/program/design-forum/df-report/-vol5.html
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