高齢化社会とロボット技術という関係からは「介護ロボット」を想起される方が多いかも知れませんが,今回のテーマはそれではありません.さまざまな障がいや加齢に伴う身体能力の低下を余儀なくされる中での「移・食・住」の日常活動において,能力の違いを超えて人と人が分かり合う,理解し合うためにどのようなQOL評価法が必要になるかを考えることが今回のテーマです.勿論,ロボットに関する専門知識も要しません.
氏名 | 所属 | 専門分野 |
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椹木 哲夫 | 京都大学工学研究科機械理工学専攻 | 機械システム工学 |
福原 俊一 | 京都大学医学研究科社会健康医学系専攻 | 医療疫学・QOL |
富田 直秀 | 京都大学工学研究科機械理工学専攻 | 医療工学 |
辰巳 明久 | 京都市立芸術大学美術学部/美術研究科 | ビジュアルデザイン |
遠藤孝浩 | 京都大学工学研究科機械理工学専攻 | ロボット工学 |
QOL(Quality of Life)は「いかに良く生きるか」を評価する概念で,個人それぞれの生活の質的な面,そして地域社会づくりの観点も含めた検討が必要とされている.QOLの重要な役割の一つに,サービスの提供者と受け手のコミュニケーションを改善する有効なツールとしての活用がある.しかしながらこれまでのQOLの測定方法では,固定的な基準のもとに設定された選択肢の中から選び,その結果に基づいて医療者側の評価が確定するような一方向的な評価の仕方に留まっており,大きな限界があったといえる.本来QOL 評価は,対象者が自覚している日常生活の活動の様態を正しく伝えることができ,一方評価者の側も対象者から提示される言葉や表情,動作等の手がかり等に対して,それがどのような生活の質を反映した動きであるのかをイメージするための過程に積極的に参加しなければならない.すなわちQOL評価は,評価者(医療者側)と対象者(患者側)との協働と共創によりなされるべきものである.一方,自動化やロボティクス関連技術は,直接的に患者や介護を支援する目的のみならず,知覚機能や運動機能が制限される場合の環境モデリング技術や,人の日常活動における運動を測定して可視化して表示する技術,さらに把持などの日常活動をロボットで実現するための作業分析の手法などの開発が進められている.これらの技術は,例えば視覚障がいをもつ方にとって日常世界がどのように捉えられているかを分かり合うことで健常者にもその理解が進み,評価者と対象者とのコミュニケーションメディアとして活用することで新たなQOL評価手法の開発が期待できる.本テーマでは日常動作のパントマイムを生成するプログラムや,伝達メディアとしての紙芝居のアート,さらに医療現場において取得可能な医療関連ヘルスデータ等を共有し,これらが上記の新たなQOL評価の課題解決に向けてどのような活用が考えられるかについてのアイデア創出を行う.
QOLの評価は,医療専門家による治療適応の決定のためだけではなく,患者や家族が捉えている生活の様態とその多義性を考慮して,患者・家族と医療専門家の間で正しく理解を共有していくための仕組み,すなわち共創的なコミュニケーション活動として捉え直さなければならない.さらにこの仕組みを,個人から家族の枠を超えて,様々な世代の人たちの社会的孤立を回避していけるコミュニティや社会を育てられるように活用していくことが必要である.本テーマでは,QOL評価の対象を拡大し,患者個人の「内主観」を引き出し(「測って」),患者—医療者の間での「間主観」の関係性を構築し(「分かって」),さらに患者の周りの人々との間での主観の共有を「育てる」ための「集主観」へと展開していくに際して,どのような可視化技術や伝達媒体の活用が期待できるかについて考える.
医療者が患者の提示するテクスト(QOL評価)を読み取る際には,テクストの外側にあってその評価を形づくるもの(パラテクスト)が一体となって存在することの意義について体験し,学習する.
デザイン理論としては,共創的コミュニケーション,ヒューマンマシンインタラクション,対話型意思決定支援,などが関連性が深いが,本テーマの実施に当たっては,医療現場で実践されてきたQOL評価の実際について専門家から解説を受け,それとともにこれまでQOL評価とは殆ど連携が見られなかったロボティクス技術やヒトの運動計測技術とその可視化技術に関する現状で利用可能な技術紹介を行う.
【デザイン手法】デザイン手法としては,インクルーシブデザイン,エスノメソドロジー,ユーザビリティテスト,即興演劇(インプロ)などの既存のデザイン手法が大いに関連する.